2003 August 29th 25:36


今日は高速教習逝ってきますた。最初に高速に入ったのは別の人だったんですが、後ろで「うわーこんなスピードありえねー」とかてのひらに汗をかいておりました。実際走ってみたら( ´_ゝ`)フーンみたいな感じでしたが。それでもワンミス=即命取りなんでハンドル操作にはかなり神経使ってましたが。あと、合流は怖かったです。9月に入ったらもっかい実家の方に戻ろうと思います。


2003 August 28th 23:26


東京生活は5日で終了。最後にコーヒー飲みながら話したりおかゆ専門店みたいなところで飯食ったりして、新宿駅で別れました。師匠、本当にお世話になりました。色々貴重な経験をさせていただきました。

さて、久しぶりに部屋を掃除しました。したらゴミ袋一袋分ゴミがでますた。大半はペットボトルですが・・・ あと、なんでこんなにインスタント味噌汁があるんだろうとか、やっぱ配線多いなーとか、やっぱ髪の毛死ぬほど落ちてるなーとか、まあ色々ありました。収納系統にも激しく問題有なんで、誰かになんとかしていただきたい。ボスケテー街の収納名人ー。
車の教習も紆余曲折を経て終わりを迎えそうな按配です。取り敢えず今日の卒前試験では98点の高得点ゲトズサーで切り抜けました。教習所ではパソコンで練習問題が出来たのですが、最終的に95問を7分でできるようになっていました。無駄や・・・。


2003 August 27th 13:57


東京5日目。靖国神社へ連れて行ってもらう。「ヤバイヤバイ」と師匠とD作さんから聞いていたので激しく期待して行く。靖国神社の中は、何かオーラを感じるようなものがあり、厳かだった。人がそこまでたくさんいなかった所為もあるんだろうが。伊勢神宮は人がたくさんいるときにしか行ったことがない所為か、オーラのようなものは感じたことがない。博物館のようなものがあり、そこに零戦とか遺書とかがあるそうだ。中に入るといきなり零戦が。激しくカコイイ。師匠は速攻携帯で写真を撮っていた。しばらくすると映画っぽいものを上映していたので師匠と別れてオレは独り先を見ることに。余談だが師匠は既に三回ほどここに来ているそうだ。第一次世界大戦や日露戦争等、当時の戦争の様子が事細かに資料と共に解説されていた。そして、オレが一番見たかったもの、遺書。二人から話は来ていたのだけど、確かにかなりヤバかったです。誰もいなかったら10回ぐらいないてるかもしれません。見知らぬ爺さんがなんか目の辺りを抑えてたりしてました。よくわかります。「死に直面して、その直前まで悩んで何らかの答えを出して特攻するんだろうな」と師匠は言いました。「リアルに死に直面して、そこから出される文章の美しさにはかなわない」とも。これを見ると、このままではいかんなあ、という気になりますね。そして、彼らのおかげで今日僕達は生きていたり、独立を保っていたりするんだと気がつかされました。教科書に載ってないものがあそこにはあります。


2003 August 24th 23:34


東京4日目。昨日がアレだったので昼ごろに起き出した気がする。えーと、この日はなにやったっけっと。もはや良く覚えていません。昨日の話とごっちゃになってる可能性が高いです。あーそうだ。映画をこの日は見に行きました。つーか確か昨日の見ようとしたのですが、既に閉館時間だったためファミレスに場を移行したのでした。取り敢えず座席の状況などを見ながらパイレーツオブカリビアンを見ることに。見た結果、なかなかなおもしろさ。7点ですね、10点中。見た後八王子のラーメン屋に移動。D作さんを先に家に帰らせ、車で再び迎えに来てもらう。ここのラーメンはスープがすごい、とあらかじめ聞いていたのだけど、確かに凄かった。かなり腹へってたんだけど、スープ飲んでたらそのうちきつくなってきて結局食えなくなってしまった。ごいすー。


2003 August 22th 24:36


東京三日目。師匠とコミケに行ってみるテスト。めちゃめちゃ広くて人多くて大変だった。詳しくはアレなので書きません。ゆりかもめとか乗れて(゚д゚)ウマー。この日の夜に師匠の友人のD作さんを交えコーヒーショップ>ファミレスとコンボでしゃべり捲くる。腹がよじれました。なかなかこういう機会はないと思うので、是非またこのコンボはやりたいです。

取り敢えず教習の修了検定、仮免学科試験ともに一発合格(゚д゚)ウマー。 学科試験とかほとんど勉強してなかったのでどうなることかと思ったけど、なんとかなりましたよ。修了検定前は、あまりの緊張に見知らぬ試験受けるであろう人に話しかける始末。まあ性格なのかなんなのか。緊張はこれで半分ぐらいになったと思います。明日は7時間あるけどナー・・・


2003 August 21th 21:02


日記書こうとしたら寝てしまいますた。

さて、東京二日目のこと。この日も師匠はお仕事なので、独りでどっかに行くことに。ちょうど連れが高田馬場に住んでるそうなので、昼ごろに合流。それまでは適当に池袋なんぞをうろついてました。待ち行く予備校生がリアルでした。疲れれば漫画喫茶で休憩。アキバよりもこっちの方が質が高かったです。友人と合流しても、特にやること無かった上にオレが目的地決めないといけなかったのでかなり困りました。まあそんなこんなで適当に時間潰して師匠の町へ退散。で、少し帰り方間違えて師匠を待たせてしまう罠。ショボーン。寝る前に師匠と4時間ほど話す。いろんなことの答えが垣間見えた気がしますた。

今日のこと。教習が始まって10日ちょい。明日修了検定を受けることになった。取り敢えずコレを受かれば路上にでられる。まあ落ちてもそれはそれで(・∀・)イイ!! ぐらいの勢いで行こうと思う。昨日久しぶりに速水君と飯を食い、ゲーセンに行き乱レボはやはりありえないと思い、カラオケに行った。彼の東京での生活を色々聞かせてもらってヨカタ。サーカスで働いているシナリオライター友達がやめたそうなので、取り敢えずシナリオ書いてくれないか?と頼んでみようと思った。これでOKが出ればもう速水君と共にマジモードに入ることは確定してますんで。休学するぐらいの勢いでやりますね多分。


2003 August 18th 18:51


何でまたいきなり東京に行こう、と思ったのかは良くわからない。ただ、このまま夏が終わってしまっていいのだろうか?という疑問、というかそういうものがくすぶり続けた結果だったような気がする。勢いだなあ。そっちであったD作さんも「勢いは大事だ」と言ってたことだし。まあいいか。

一週間ぐらい前にバスの座席をギリで取る。一日目。朝早くに横浜に着いた。バスはオレが乗った時には既に中が暗く、座席の動かすところとか毛布とかが全然見えなくて激しく困った。どっかで飯を食おうと思ったが、取り敢えずどっかに移動することにした。秋葉に行ってみた。10時ごろから店は開き始めるようだったが、困ったことに秋葉のマックにいた時点で8時だった。9時までなんとか時間をつぶして、そこから町を回ってみることにした。1時間歩いて潰すのは思いのほか大変だった。ようやく店が開く時間になった。適当な店に入って冷やかしを繰り返すことにした。しばらく回ってるとゲーセンがあったので、入ってみた。でかい店だったが、ワンプレイ100円。まあそんなもんか。非常にどのゲームもレベルが高かった。それからどうしたっけ。昼飯をコンビニで買ってきて適当に済ませて、しばらくしたら疲れたんで漫画喫茶にでもはいったんだっけか。多分そんな感じだったように思う。町をまわって、疲れたら休む。腹が減ればなんか食いに行く。なんかアレだが、兎に角そんな感じだ。特に買うものもなかったので、何も買わなかった。夕飯をじゃんからラーメンで食って、イマイチだなと思いながら東京に移動した。付近を回っては見たが、基本的にビジネス街で、取り立てて見るようなものは無かった。街行く企業戦士の会話がリアルだった。そんな感じで師匠の街へ移動することに。なんとかうまいこと合流する。緊張しますた。色々話しました。もう一寸良く覚えてません。


2003 August 13th 13:34
人生振り返りたくなったので、振り返ります

オレのこと。
生まれてからすぐにばい菌が入ってしまったらしく、危なかったそうだ。
体が弱くなるのを恐れていたそうだが、思いのほかやんちゃで元気だったそうだ。
一緒に歩いても、オレはいつも走っていたそうだ。
でも、よく病気にはかかった。
アトピーだったし、鼻は悪いし、昔は少し肥満気味だったし、季節の変わり目には良く風邪を引いた。
もう昔のことは良く覚えていない。
オレには兄貴が居る。なんでも良く出来る兄貴が。外交的で、野球はレギュラーだったし、足も12秒台の速さだし、高校から始めたサッカーでも最終的にはレギュラーとったし、習字はなにかの賞を取ったヤツが今も実家には飾ってある。友達も多いし、彼女もいるだろう。もちろん努力がそこにはあったのだろう。オレには見えてないところで常に頑張っていたのかもしれない。
オレは昔から兄貴に良くくっついていた。昔、兄貴はやさしかった。いい兄貴だった。自慢の兄貴だった。でも兄貴が思春期の時期ぐらいからそうではなくなってしまった。オレはそれが凄く悲しかった。ただ、自慢の兄貴であることには代わりがない。「兄貴の弟」というだけで名前が通った。良く出来た兄貴だ。
オレは兄貴に何一つ勝てなかったような気がする。内向的で、野球はやったが結局レギュラーは取れず、足も短距離では絶対に勝てないだろうし、習字もサッカーも途中でやめてしまった。友達も兄貴ほど仲の良い友達が兄貴ほどの数いないし、彼女もいない。勉強では、どうだかよくわからないが、兎に角兄貴は公務員の試験に受かるほど頭は良い。きっと勝てないだろう。
ただ、今頃になって気がついたのだが、ほとんどがやらされたことだ。親にやらされたことだったんだ、と。
野球も、習字も、スイミングも。勉強なんて親の期待に答えるためにやったみたいなものだ。というか、ほとんどプライドだった。親は勉強しろ、とは言わなかったが、逆にそれがプレッシャーだったのかもしれない。サッカーは、好きでやったが、仲間に恵まれなかった。この辺りはオレの所為だ。
オレの同級生の子から見れば、きっとオレは出来る奴に見えたんだと思う。オレはいつも、なんというか、そういうのと戦っていたから。
兄貴にたった一つ勝てるものを見つけたのは、小学校4年のときだったか。相対音感。与えられた音を元に、他の音を探し出せる能力。
あのときに見つけていなければ、今のオレはない。
中学の頃から極力独りになるようにした。他人に関わるのは疲れると思ったからだ。何かの委員の相手だとか、キャッチボールの相手だとか、給食のときの仲間がどうとか。今書いてて思い出したけど、小学校の後半のとき、給食のときに席を移動するのがだめになったときがあったな。理由は、独りになってしまう人がいたから。そんなの逆に苦しいに決まってるのに。
兎に角、そんなの考えるのは疲れると思った。だから、独りになった。独りで何でもやってやると思った。兄貴に、仲間に、絶対に勝ってやるんだと。勉強でも、野球でも。やらされていようがいまいが関係ない。
今思うと、本当にプライドの塊だった。なんのために生きてるかわかりゃしない。
でも、そのころから音楽を始めるようになった。安いキーボード買ってきて、耳で聞いて、弾く。この作業に没頭した。ひと夏かけて両手で弾けるようにした。だんだん巧くなっていったように思う。本は、見なかった。CDが先生だ。
中学三年のときに夢はなんだと突きつけられた。決まってる。兄貴に勝てるものだ、自分で見つけたものだ。
音楽。
あっさり断られた。当たり前だ。が、オレはあきらめなかった。というか、これ以外に何をやれというのだろうか?ようやく見つけたのに。必死で探したのに。
兄貴の進めた高校に入った。受験直前まで兄貴のいっていたの高校を受けようとしていたんだが、ここは兄貴を信じようと思った。
これは失敗だったように思った。オレは運が悪かったのか何なのか。高校はつまらなかった。ここでも独りを貫くしかねえのか、と。
殺してやりたいやつが何人かできた。
でも出来ずに自殺しかけた。
でも出来なかった。何も出来なかった。こんな世界嘘だと、信じることしかできなかった。
ここで壊れた。巧くなったのは音楽だけだった。
何か信じれるものを探した。携帯電話を使って。ネットがなかったから相当の苦労と金額を使った。
ある人に辿りついた。なんというか、生まれてからこれが始めての「行動」のように感じた。
今、こういう風に生きてるのは、そういうことがあったからなんだと思う。
死は、ある意味で優しい。生は、ある意味で苦しい。
まさに経験で知ったことだ。
まあそんなもんだろう。
独り暮らし始めて、体弱いのが解ったし、やはり精神のほうも危ういのが解った。
あんまり寿命は長くないかもしれないので、やりたいことをやっておかないと絶対後悔する。特にオレは。
だから、行きます。
もう一回、僕に行動させて下さい。
もう一度。


2003 August 11th 20:47


昨日は教習に行くために駅まで行ったのですが、そこでアイゲイブアップ(I gave up) 帰って眠りました、はい。 相当に、飯が食えません。おそらく内臓とか胃とかその辺が死んでおります。生きるのはかくも苦し。 普通に生きれませんが、何か?

明日、旅立ちます。俺の人生を変えてくれた師匠に会いに行きます。色々べしゃってきたいと思います。つーか就職するなら東京ですね。


2003 August 9th 23:25


教習生活は普通に大学生活よりも厳しいです。なのでかなりテンパってる毎日ですね。毎日何時間も講義を受け、車に乗ってます。つーか車は今日始めて運転しました。クラッチは魔性のペダルですね。スピード上げると凄い怖いし。方向性は大分慣れてきましたが、ペダル操作はもう全然です。二時間連続なんで、ほぼ休憩無しってのが一番きついかもしれません。足疲れるし、緊張してるんで疲れるし。ただ、基本は発進と停止ってのはよくわかりました。曲がる前には止まったりするし、赤でも止まるし、前の車が止まったら止まるし。もちろん止まったら発進しなくてはなりません。発進したらギア変えないといけないし、止まったらギアをやはり変えないといけません。なんとかイメトレでがんばります。

師匠の所に行くことが急遽決定。バスなんてもうほとんど満席に近く、ほんとうにラスト一席ぐらいのヤツをゲットしてきました。実際に会う機会なんて滅多にあることではないし、関東の方に単騎出撃することもほとんどないので、緊張してます。師匠のお仕事等の都合上、単独行動する時間が多少あるので、色々調べて、行くところを見つけて時間つぶせるようにしないと。


2003 August 6th 25:34


今日から自動車学校の教習が始まりました。最初っつーことで入手説明会みたいなのだけで終わりましたが、俺の友達がいたのでびっくりしました。友達の方もびっくりしたそうです。ていうか、最初のほう教室に入って待ってたら、先に入っている人・・・女。女。女。入ってくる人・・・女。女。女。女。女。女。女。女。え?まじで?これは良くあるエローゲパターンじゃないのか?キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!・・・男。 (´・ω・`)しょぼーん とか光が地球一周するぐらいの間考えてた。 ちょっとだけビクーリしましたよってなお話。帰りのバスの中で、電話でしゃべってる女の人が居たんだけど、なんで免許取るのかって話になったらしく、彼女曰くその理由は「免許、というか交通のこと知らずに大人になるのが許せない」とかいう理由だそうです。車乗りたいからじゃないんですかそうですか。その後100円ショップとかよって終了。どうでもいいけれど、100円ショップを家の婆ちゃんは100円店と良く言う。よって100円ショップに行くと婆ちゃんを思い出す。家の婆ちゃんは印象的な物言いをする人だ。大分前になるが、婆ちゃんが「いっぱいいっぱい」とか言ってたときは本当にびっくりした。婆ちゃん、俺は取り敢えず元気ですよ。 

拒食についてゴリゴリ調べてたら、興味深い文献を発見。まあ過食の文献が大量で、拒食なんてほとんどありませんでしたが。拒食の理由は、どうも胃が「腹が減ってるときでも腹に何も食べ物がない状態が普通」と認識してるからだそうです。そういう状況下では、栄養を体の別のとこからぱくってくるそうです。だから物食ったら胃が異物が入ってきたっつってきて気持ち悪くなるわけですね、なるほど。対策は実に簡単で、吐いてもいいから食い捲くれってことらしいです。そうすることで胃が今までの間違ったプログラムを組みなおすそうです。へー。常に食い物を口にしてれば大丈夫ってことですか。 というか自分が「腹が減っても物を食べない」生活を繰り返して、胃がそれをディフォルトで認識するようになってしまったのが原因くさいですね。確かに心当たりが少しあります。もうちょっと家には食べ物を置くようにします、これから。皆さんもお気をつけ下さい。


2003 August 5th 23:59

取り敢えず昨日帰ってきました。実家からこっちに帰る前に、荷物持った状態で友達と会いました。俺が高校のときに通ってた駅前で。「垢抜けたなー」とか言われました。スタジオでセッションしたかったんですが、月曜日はなぜかどこもかしこも閉まっていて駄目でした。どっか一つぐらい開けといて欲しいものです。彼はツーバスはもう卒業したそうで、ワンバスの奥深さに目覚めたそうです。で、その友達がなんか元黒夢の人のバンドに誘われたそうで激しく驚きました。今は三つのバンドを掛け持ちしてるそうで色々大変だそうです。俺にキーボをやってほしいそうですが、距離が離れすぎてますんで無理です。残念。つーか寂れっぷりが半端ないです。商店街といい駅前といい。なにもありはしません。(゚д゚)マズー。一応観光地なのに・・・ 実家の辺りの駅前も大概やばいですけどね。バス会社の駐車場が、半分すし屋なってたりしてましたよ、地元の駅前。会社が半分土地を売り払ったそうです。モウダメポ

今日は速水君とMitsukanaと日本橋に行こうと思ったんですが、起きる時間とかがアレで皆で飯食い終わった時間が16時ぐらいだったのでキャンセルし、カラオケに行ってきますた。俺から言い出したのに・・・ てなわけで明日から教習が始まります、最悪ですね。